さて、7月26日は、
中島らも
さんの命日なんですけれども、もう1年前なのかー、という感じがしないですねぇ。ピンと来ないというか。
まぁ、この一年の間に
「なれずもの」
も読んだし
「酒気帯び車椅子」
も読んだし
「中島らもの誰に言うでもない、さようなら (It's Only a Talkshow 3)」
も読んだし
「ロカ」
も読んじゃったなぁ。
あ、
「中島らも列伝。」
も読んだし、単行本持っているのに
「空のオルゴール」
の文庫本も買って読んだなぁ。
なんつーか、晩年のエッセイはネタの使い回しばっかりで「あ、この話知ってる」「コレも昔読んだ事ある」って感じのヤツばっかしでしたけど、知っているネタであっても新作が読めない、というのは寂しいモノだなぁ、とか思います。
などと考えている間に
「株式会社日広エージェンシー企画課長 中島裕之」
という新しい本が出たらしいので「暑いけど本屋に逝こう」とか思いました。
しかし今年の夏もクソ暑いよね。そーゆーのだけ去年と変わらないんだよね。
>おっちゃんが蛇見せたろかっ!
おっちゃんこと
中島らもさんが7月の26日に亡くなったという報道があってから1週間ぐらい経ちましたが、いまだに、らもさんが幽霊のカッコをして
「こんなええとこ、おまへんでぇっ!」
と言いながら墓石の中から出てくるテレビCMが放映されないところを見ると、どうやら
本当にらもさんは死んでしまったようで、あらためてお悔やみ申し上げたいと思います。
やっぱり
「じゃがいもの焼いたのに味噌をつけたやつ」の食べ過ぎだったんでしょうか。それとも
「月夜ガニにマヨネーズを付けて」食べちゃったのでしょうか。あ、
「らっきょうを六つ一度に口に入れた」のかもしれませんね。ひょっとして
「豆腐にソースをかけたの」をうっかり食べちゃって、そのあまりの不味さに寿命を縮めてしまったのかもしれません。
>・・・さやいんげん・・・
まだ52才だったという事で、「逝くのがちょっと早いかな」とは思いますが、森重久弥のように他人の葬式に出席しては「あなたより、私の方が早く逝くべきだったのに」という弔辞をして、他の参列者から「お前、ホンマにそう思てるんか」という視線を浴びまくったりするのもキャラ的にアレだから、ちょうどヨカッタのかなぁ、と思うんですけど、ヤッパリ逝くのが早いですよね。
でも、米寿(88才)まで長生きして「米寿を迎えた今の感想を一言」ってインタビューされた時に「憎まれっ子、世にはばかる」って言いますからなー」なんていう憎まれ口を叩くらもさんも見てみたかったなぁ、とか思ったり。
>メッケメケェ〜、メッケメケェ〜
私がらもさんの事を知ったのは、「VOW」目当てで読んでいた、当時はまだサブカル雑誌だった「宝島」に載っていた「啓蒙かまぼこ新聞」でした。その後「明るい悩み相談室」へと流れて、「中島らもファン」を自認するにいたったという、なんつーか本当に月並みな感じです。
だからでしょうか、私の中ではらもさんは作家とかじゃなくて、未だ「面白い事を言ったり書いたりする人」という位置づけでして、
「今夜、すべてのバーで」を読んでらもさんのファンになりました。ガダラの豚ってサイコーですよね。」
なんて人と話したりすると、話を合わせるの大変だったりして、で結局最後まで話がかみ合わないまま終わって、その人が推定Eカップのナイスバディの女性だったりすると、「あぁ、らもさんは小説なんか書いている場合じゃないんや」などと真剣に腹の底から思ったモノでした。
私が「小説家としての中島らも」に違和感を感じるのは「小説家、っつーモノは、こーゆーやる気の無い人がやっちゃイカン」っていう思い入れが私の中にあるからだろうと思います。
いやぁ、そー考えると私もマダマダですよね<なにが
ただ単純に、らもさんはタダの「おもろいオッサン」でいて欲しかっただけかもしれないですけどね。
でもまぁ、私が活字ばっかりの本を読むようになったのは、らもさんの本がキッカケだったんですよ。らもさんが書くエッセイがメチャクチャに面白くて。「中島らものたまらん人々」なんかはホント、私のバイブルですよ。
>家は焼けても柱は残る
リリパットアーミーの芝居も観に行ったりしたし。初めて見たリリパの芝居は「桃天紅〜烈風之拳」ってヤツだったんですが、この芝居にはらもさんは出演してなかったんですよね。「アレ?」と思っていたら、らもさんが公演終了後に舞台挨拶に出てきて、「この芝居には自分も出演する予定で、脚本を書く時に、自分のする役を作ったんですが、その役のオーディションで落ちちゃってねぇ」などど挨拶し「自分で脚本書いたクセして何やってんねん」とか思ったもんでした。でも、かねてつのちくわは美味いんだよね。はも入り高級ちくわ。芝居を観た帰りの電車の中で、ちくわをかじっていたら指さして笑われたりして。
まぁ、結婚して田舎の福井に帰ってからは芝居が見に行けなくなっちゃって、バンドのライブなんかも行けなかったのが今思えば心残りです。
>あ、あんたは、「中島れも!」
私がらもさんの何が好きだったのかというと、驚くほどのやる気の無さでした。らもさんをテレビで見て、「こんばんわぁ〜、なかじま、らもですぅ〜」というしゃべりを聞くたびに
「こんな人テレビに出してもええんやろか」と、いつも心配してました。
なんつーか、「あぁ、うらやましい生き方だなぁ。」っていうか。普通、こーゆー、才能があって、うらやましい生き方をしている人がいると嫉妬しちゃったりするモンだけれど、らもさんにはそんな感情を持たなかったなぁ。
あまりのやる気の無さに呆れていたのかもしれないが(笑)
しかし、さすがにこんなにやる気がないと、この世では生きにくかったみたいですね。酒やらブロンやらクスリにハマって、とうとう大麻で逮捕、とかになって。
「中島らも、大麻で逮捕」って聞いた時は
「よりによって大麻かよ!三流芸能人みたいで、カッコ悪いがな」とか
「もうしょうがねーなぁ。まぁ、らもさんは特例、って事で超法規的措置で勘弁してやってくれないか」とか思ってました。
そんで「酔っぱらって階段から落ちて重体・入院」って聞いた時は「まったくしょうがねーなぁ。まぁ、しばらくしたら元気に退院して、コレをネタにまた本を書くんだろうなぁ。」とか思っていたのですが、それがこーなるとはねぇ・・・。
でも今思えば
「酔っぱらって階段から落ちて死亡」という、こりゃまた
「ロック」な死に方で、この「大麻で逮捕」がチャラになったかなぁ、とか思ったり。
>おむつおむつおむつ
まー、死んじゃった人の事をアレコレ言ってもしょうがないので、このくらいにしますかね。でも、新聞でこんな記事を見るたびに、らもさんの事を思い出す事になるでしょうね。
アッ、間違えたッ!
・・・えーと、こんな新聞記事を見るたびに、らもさんの事を少し思い出しちゃうと思います。
「あー、らもさん会長やめるんや〜。てゆうか、
何の会の会長を辞めるんやろ。」とお約束の
ボケをしもって<方言
>僕という存在の喪失が、しばらくの間人々の間に影を落とし、やがてその影が薄れていって、僕はほんとうの「無」になる。そういうのがいい。
そんな訳で、私の中でらもさんが「無」になるまで、幣Blog名を
「明るいな、げやり倶楽部」
にしたいと思います。
ネタ元は説明不要ですよね。ちょっと照れくさいし、おこがましいかな、とは思いますが、細かい事は気にしないで欲しいと思います。ウン。
では、これからも幣Blogをよろしくお願いします。かしこ。
☆追伸
おっと、もちろんエロ関係とかは当然のごとく変わらないので、念のため。